No.862 古典に学ぶ   しょせんは仮の姿 

 

 

1. つまり、しょせんは仮の姿であり、すべては消えてしまうのだから、栄華を求める欲や執着、自分をよく見せたいという見栄、あいつには負けたくないという囚(とら)われを捨てよ、といっているのです。 

2. そうすれば、心穏やかに生きていけると。そんな悟りの境地を求め、これまで長い歴史の中で、多くの僧侶が出家し、修行に励みました。 

(参考:名取芳彦監修「空海 道を照らす言葉」):河出書房新社 

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